「教案を書くのに3時間かかってしまう」「養成講座で習ったフォーマットのまま書いているが、これで合っているのか分からない」──日本語教師なら誰もが一度は通る悩みです。
教案は、授業という45分〜90分の生ものを、事前に紙の上でシミュレーションする設計図です。設計図の精度が上がれば、授業中に迷う時間が減り、その分だけ目の前の学習者を見る余裕が生まれます。
本記事では、教案に必ず入れるべき項目、作成の流れ、そして現場で効く書き方のコツまでを、順を追って整理します。養成講座を修了したばかりの方はもちろん、自己流になってきた中堅の先生の点検リストとしても使える内容です。
まず解いておきたい誤解が、教案は台本ではないということです。
台本だと考えると、書いたセリフを全部言わないと気が済まなくなり、学習者の反応を無視して進んでしまいます。実際の授業では、想定より早く理解が進むクラスもあれば、導入だけで10分余計にかかるクラスもあります。教案が決めておくのは「どこへ向かうか」と「どの道を通るか」であって、歩く速度は現場で調整するものです。
養成講座や機関によって書式は違いますが、削れない項目はほぼ共通しています。ヘッダー部分(授業全体の情報)と本体部分(時系列の展開)に分けて見ていきましょう。
| 項目 | 書き方のポイント |
|---|---|
| ① 日時・時限 | 何コマ目かで学習者の集中度が変わるため、意外と重要 |
| ② クラス・レベル | 「初級後半(みんなの日本語 第26課)」のように、教材と課で示す |
| ③ 学習者情報 | 人数、国籍構成、既習歴、学習目的(進学/就労/生活) |
| ④ 教材・使用課 | 主教材に加え、副教材・配布資料も明記 |
| ⑤ 本時の目標 | 「〜ができる」の行動目標で書く(→ 3章) |
| ⑥ 既習事項 | この授業で使ってよい語彙・文型の範囲 |
| ⑦ 教具・準備物 | 絵カード、レアリア、配布プリント、スライド、タイマー |
このうち初心者がいちばん軽視しがちなのが⑥既習事項です。ここを書かないまま教案を作ると、導入で未習語彙を使ってしまい、学習者が固まる──という事故が起きます。「〜てください」を教える授業なのに、指示でうっかり「〜てみましょう」を使ってしまうような失敗は、既習事項を一覧化しておけば防げます。
本体は、時間・教師の活動・学習者の活動・教具・留意点の5列が基本形です。ここで大切なのは、学習者の活動欄を必ず設けること。この欄が空白の行が続いていたら、それは授業ではなく講義になっているサインです。
教師の発話は、慣れるまでそのまま書くことをおすすめします。「T:(絵を見せて)これは何ですか」「S:ケーキです」というレベルまで書いておけば、緊張して頭が真っ白になっても口が動きます。慣れてきたら箇条書きに省略していけばよく、最初のうちは書きすぎて損はありません。
教案の質は、目標の書き方でほぼ決まります。次の2つを比べてみてください。
「理解する」「習得する」は、達成できたかどうかを外から観察できません。動詞を「言える」「書ける」「説明できる」「聞き取れる」に置き換えるだけで、教案の後半(練習と評価)が自動的に決まります。目標が「写真を説明できる」なら、最後の活動は写真描写になるはずですよね。
目標と最終活動がズレている教案は、たいてい目標の書き方が抽象的です。教案を書き終えたら、「本時の目標」と「最後の活動」だけを見比べる点検をしてみてください。ここが噛み合っていれば、途中の設計も大きくは外れません。
教案本体は、次の4フェーズで考えると迷いません。いわゆるPPP(Presentation → Practice → Production)に、導入前の準備を加えた形です。
前回の復習を兼ねた口慣らしです。ここでは新しいことをやらないのが鉄則。既習文型でQ&Aを回し、学習者の口を日本語モードに切り替えます。同時に「今日の文型を導入するための布石」を打っておくと、次の導入がなめらかになります。
新出文型の意味と使う場面を、学習者に気づかせるパートです。教師が「これは意志形といって……」と説明を始めた時点で、多くの学習者は集中を切らします。教案には、次の3つを具体的に書き込んでおきましょう。
形を体に入れる段階です。ここは教師のキューの速さが命なので、教案には練習の種類と例文を具体的に書きます。
| 練習の種類 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| 反復練習 | モデルを聞いて繰り返す | T:本を読んでください/S:本を読んでください |
| 代入練習 | 語を入れ替えて言う | T:(名前を書く)/S:名前を書いてください |
| 変形練習 | 形を変える | T:待ちます/S:待ってください |
| 応答練習 | 問いに答える形で使う | T:すみません、写真を……/S:はい、撮りますよ |
順番は「易→難」「全体→個人」が原則です。全体で声を揃えてから、列ごと、そして個人へ。個人に当てる段階で、誰が理解できていないかが見えます。教案の余白に「※理解が遅い学習者:Aさん、Cさん」とメモしておくと、当てる順番を戦略的に組めます。
学習者が自分の言いたいことを、その文型で言う段階です。ロールプレイ、インタビュー活動、写真描写、ミニスピーチなど。教案作成ではここに一番時間を残すことを前提に、導入と基本練習を逆算して削ります。
最後の3分でまとめ。本時の目標をもう一度確認し、宿題を伝えて終了です。
45分授業なら「5分/10分/15分/15分」ではなく、「0:00–0:05」「0:05–0:15」と累計の時刻で書くのがベテランのやり方です。所要時間だけだと、授業中に「今どれくらい遅れているか」を暗算しなければなりません。累計なら、時計を見た瞬間に遅れが分かります。
そして必ず優先順位をつけておくこと。「時間が足りなければ③の変形練習を削る」と教案に赤字で書いておけば、押したときに慌てません。逆に「早く終わったらこの追加タスク」も一つ用意しておくと、余った5分が無駄になりません。
意外と抜けやすいのが板書計画です。教案の隅に黒板の枠を描き、どこに何をいつ書くかを決めておきます。
これを決めておくだけで、板書がぐちゃぐちゃになる問題はほぼ解決します。学習者は黒板をノートに写しますから、板書の構造がそのまま学習者のノートの質になると考えてください。消してよい場所を決めておくのも重要で、「まだ写している途中で消された」という不満はここで防げます。
失敗1:詰め込みすぎる
初心者の教案には、だいたい実際の1.5倍の内容が入っています。一度書き終えたら「削る前提でもう一周」してください。1コマで扱う新出文型は1〜2個が限界です。
失敗2:教師の活動しか書いていない
前述のとおり、教案は「教師の活動」と「学習者の活動」を2列で書きます。書きながら学習者の欄が埋まらない箇所が出てきたら、そこは設計を見直すべき場所です。
失敗3:指示文が長い
「では今から皆さんに配ったプリントの2番の問題を、隣の人とペアになって交互に質問しながらやってみてください」──初級には長すぎます。教案の段階で「①ペアになります ②プリント2番 ③交代で質問」と分解して書いておきましょう。指示は、言葉よりやって見せるほうが速く伝わります。
失敗4:予想される誤用を書いていない
「〜たい」の導入なら、三人称に使ってしまう誤用が必ず出ます。予想される誤りと、その訂正方法を教案に書いておくと、その場で慌てずに済みます。過去に担当したクラスで出た誤用をストックしておくと、精度がどんどん上がります。
失敗5:教具の準備が教案から抜ける
「絵カードを見せる」と本体に書いてあるのに、ヘッダーの準備物リストに入っていない──よくある事故です。本体を書き終えたら、ヘッダーの準備物欄を上書きするという順番を習慣にしましょう。
教案の書き方を、最後にもう一度整理します。