「シラバスの各課にCan-doを書き込んだ。でも、授業そのものは前と何も変わっていない」
認定日本語教育機関の制度が始まってから、こんな声を本当によく耳にするようになりました。実は私自身も、最初はそうでした。教科書の目次の横に「〜できる」という文を並べて、書類としては整った。けれど、教室で学生がやっていることは、文型の導入、パターン練習、ドリル……以前とまったく同じだったのです。
「日本語教育の参照枠」は、書類を整えるための道具ではなく、授業の組み立て方そのものを変えるための考え方です。とはいえ、「考え方を変えましょう」と言われても、明日の授業をどうすればいいのかは見えてきませんよね。
そこで今回は、参照枠の基本をおさらいしたうえで、Can-doを実際の授業に落とし込むための5つのステップを、私が教務の立場で試行錯誤してきた経験も交えながらご紹介します。
「日本語教育の参照枠」は、2021年に文化審議会国語分科会がまとめた、日本語の学習・教授・評価のための共通の枠組みです。ヨーロッパのCEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)を参考にしながら、日本の日本語教育に合わせて作られました。
ポイントを3つに絞ると、次のようになります。
学習者の熟達度を、A1・A2(基礎段階の言語使用者)、B1・B2(自立した言語使用者)、C1・C2(熟達した言語使用者)の6段階で示します。
「聞くこと」「読むこと」「話すこと(やり取り)」「話すこと(発表)」「書くこと」の5つです。「話すこと」がやり取りと発表に分かれているのが大きな特徴で、ここを意識するだけでも授業の見え方が変わります。
レベルと言語活動ごとに、「日本語を使って何ができるか」を文で記述します。つまり、「何を知っているか」ではなく「何ができるか」で学習者の力を捉えるという発想です。
ここで、冒頭の「書いたけれど授業が変わらない」問題を考えてみましょう。原因はシンプルで、多くの場合、教科書の文型から逆算してCan-doを後付けしているからです。
たとえば「〜たことがあります」を学ぶ課に、「経験について話すことができる」と書く。一見正しそうですが、実際の授業が「文型の導入→置き換え練習→例文作り」で終わっていたら、学生は「経験について話す」場面を一度も体験しないまま次の課に進んでしまいます。
これが、Can-doが“飾り”になってしまう典型的なパターンです。参照枠の発想で授業を組むときは、この順番を逆にする必要があります。
| 従来の組み立て | 参照枠にもとづく組み立て | |
|---|---|---|
| スタート地点 | 教える文型・語彙 | 学習者が「できるようになりたいこと」 |
| 授業の中心 | 文型の理解と練習 | 場面の中で日本語を使う活動 |
| 文型の位置づけ | 目的そのもの | 目的を達成するための道具 |
| 評価 | 筆記テストが中心 | 活動の達成度(パフォーマンス)も見る |
では、具体的にどう組み替えていけばいいのか。ここからが本題です。
参照枠のCan-doは、どの学校でも使えるように、ある程度一般的な書き方になっています。そのままでは授業の設計図として使いにくいので、まずは自分の学校の学生に合わせて具体化しましょう。
コツは、「場面」「相手」「目的」の3つを書き足すことです。
どうでしょう。具体化したほうが、教室でどんな活動をすればいいか、ぐっとイメージしやすくなったと思いませんか。
ちなみに、指針でも、示されたCan-doが学習者に合わない場合は一部を修正したり新たに作ったりしてよいとされています。参照枠は「そのまま写すもの」ではなく「参照するもの」。ここはぜひ肩の力を抜いてください。
Can-doが具体的になったら、次はその授業(または課)の最後に学生が取り組むゴールのタスクを決めます。ここがいちばん大事なステップです。
ステップ1の例なら、ゴールタスクはこうなります。
ゴールが決まれば、そこから逆算して「このタスクをこなすには何が必要か」が見えてきます。
つまり、文型はゴールから逆算して“呼び出される”ものになるわけです。同じ文型を教えていても、学生にとっては「なぜこれを学ぶのか」がはっきりするので、集中力がまったく違います。
参照枠で「話すこと」が2つに分かれていることは、先ほどお話ししました。この違いを意識すると、活動の設計がぐっと精密になります。
アルバイト面接の例で言えば、自己PRを話す部分は「発表」、店長からの質問に答える部分は「やり取り」です。この2つは必要な練習がまったく違います。
| 発表の練習 | やり取りの練習 | |
|---|---|---|
| 準備 | 原稿を書いて、何度か声に出す | 想定質問を考え、答え方の型を持つ |
| 重点 | 構成・わかりやすさ | 聞き返し・あいづち・とっさの対応 |
| 活動例 | 1分間の自己PRスピーチ | 質問カードを使ったペア面接 |
「話す練習をしたはずなのに、本番で質問されると固まってしまう」という学生は、発表の練習ばかりで、やり取りの練習が足りていないことが多いんです。「聞き返す」「わからないと伝える」といったやり取りの方略も、きちんと教える対象だと考えてみてください。
参照枠にもとづく授業では、評価のあり方も変わります。筆記テストで文型の正確さを測るだけでは、「できるようになったか」は見えません。
指針でも、テストに限らず、パフォーマンス評価や自己評価、他者評価、成果物などを組み合わせること、そして評価の基準を学習者と共有することが求められています。
私がおすすめしているのは、ゴールタスクのためのシンプルなチェックリストを、活動の前に学生に配ることです。
これを使って、まずは学生自身が自己評価し、ペアの相手からもコメントをもらう。最後に教師がフィードバックする。この流れにすると、評価そのものが学習活動になります。
大切なのは、事前に配ることです。「何ができればOKなのか」がわかっていると、学生は自分で目標を意識して練習できるようになります。
最後のステップは、授業の終わりの振り返りです。
参照枠が大切にしている考え方のひとつに、学習者を「自律的な学習者」として捉えることがあります。指針でも、学習者が自分に必要な日本語能力を意識し、学習計画を立てたり、自分に合った方法で調整したりできるようになることが、共通の目標として挙げられています。
とはいえ、いきなり「自分で学習計画を立てましょう」と言っても難しいですよね。そこで、毎回の授業の最後に、次の3つの質問に短く答えてもらうことから始めてみてください。
初級の学生なら母語で書いてもかまいません。大事なのは、「〜ができるようになった」という言葉で自分の学びを捉える習慣をつけることです。
これを続けていくと、学生の口から「先生、昨日コンビニで袋のことを聞けました!」なんて報告が出てくるようになります。この瞬間こそ、Can-doが“飾り”ではなく、学生自身のものになった証拠なのだと私は思っています。
最後に、教務の立場から少しだけ。参照枠にもとづく授業づくりは、一人の先生だけで完結させるのは大変です。学校全体で進めるなら、次のような工夫が効果的でした。
完璧を目指すより、小さく始めて、少しずつ広げる。これがいちばんの近道です。
初級クラスでの具体的な活動の流れについては、初級クラスで「活動中心型授業」を取り入れる5つのステップでも詳しく紹介しています。あわせてご覧ください。
参照枠というと、どうしても「制度」や「書類」のイメージが先に立ってしまいます。でも、その中心にあるのは、「目の前の学生が、日本語を使って社会の中で何ができるようになるか」という、とてもシンプルで、私たち日本語教師が本来いちばん大切にしてきた問いなのではないでしょうか。