同じ教科書、同じ進度で進めているはずなのに、教室の後ろでは学習者がとっくに練習を終えて手持ち無沙汰にしている。その一方で、前の席の学習者はまだ最初の例文の意味がつかめていない。ある学習者は指名しなければ一言も話さず、別の学習者は説明の途中でも構わず質問を投げてくる――。
多国籍クラスを担当したことのある先生なら、こうした光景に覚えがあるはずです。国内の日本語学校でも、地域の日本語教室でも、オンラインレッスンでも、「学習者の背景がそろっている教室」はもはや例外になりつつあります。
多国籍クラスの難しさは、教師の力量不足から生まれるものではありません。もともと違う条件の人たちを、同じ時間・同じ教室に入れているという構造から生まれるものです。だとすれば、必要なのは「全員をそろえる努力」ではなく、違いがあっても授業が回るように設計を変えることです。
本記事では、多国籍・多レベルの教室で明日から使える7つの工夫を紹介します。
対策を考える前に、教室で何がズレているのかを整理しておきましょう。多国籍クラスの困りごとは、だいたい次の3つに分けられます。
理解の速さ、練習に必要な回数、宿題にかけられる時間。これらは母語との距離、学習経験、生活状況によって大きく変わります。フルタイムで働きながら通う学習者と、留学生として1日6時間学ぶ学習者では、そもそも前提が違います。
漢字圏の学習者は文字で有利ですが、発音では母語の干渉に苦しむことがあります。非漢字圏の学習者は会話が伸びても、読解で急に失速します。同じ「初級」の中に、得意分野が正反対の学習者が同居しているのが多国籍クラスです。
「わからないときに質問するのは失礼か、それとも当然か」「教師の説明を遮ってよいか」「間違いを人前で直されるのをどう感じるか」。こうした感覚は、それまで受けてきた教育の在り方に強く影響されます。どれも正解・不正解ではなく、単に異なる基準を持ち込んでいるだけです。
ここから紹介する7つの工夫は、この3つのズレにそれぞれ効いてきます。
多レベルの教室で最初に手を付けるべきは、課題の作り方です。同じ課題を全員に配れば、必ず「早く終わる人」と「終わらない人」が生まれます。ここで教師が「まだの人、待ちましょう」と言った瞬間、教室の半分の時間が死にます。
有効なのは、課題を「必須パート」+「発展パート」の二段構えにすることです。
大事なのは、発展パートを「余った人へのおまけ」ではなく最初から課題の一部として提示することです。プリントの下半分に印刷しておく、板書に「終わった人は→」と書いておくだけでかまいません。これだけで、教師が個別に声をかけて回る時間が生まれます。
単一国籍のクラスでは、つい「英語で言うと〜」「中国語では〜」と補足しがちです。しかし多国籍クラスでこれをやると、その言語がわかる学習者だけが理解し、他の学習者は置き去りになります。しかも置き去りにされた側は、疎外感まで持ち帰ることになります。
媒介語に頼らない導入の基本は、次の3つです。
どうしても翻訳が必要な語(抽象語や制度に関する語など)は、全員が自分の辞書アプリで一斉に調べる時間を30秒とるのが公平です。特定の言語だけを口頭で補うより、はるかに納得感があります。
多国籍クラスで最もズレが大きいのが漢字です。ここを全員一律で進めると、漢字圏の学習者は退屈し、非漢字圏の学習者は永遠に追いつけません。会話や文型は一緒に進められても、文字だけは別建てにするのが現実的です。
具体的には、次のような分け方が機能します。
| 漢字圏の学習者 | 非漢字圏の学習者 | |
|---|---|---|
| 重点 | 読み(音読み・訓読み)、日中で意味の違う語 | 形の認識、書き順、部首の概念 |
| 課題例 | 同じ漢字の複数の読みを使い分ける文づくり | 既習漢字を使った語彙の読みマッチング |
| 注意点 | 「知っているつもり」の誤読(手紙・勉強など) | 語彙数を欲張らず、生活で見る字から |
授業内で完全に分けるのが難しければ、宿題だけ2種類用意する方法もあります。プリントをA・Bの2種類にして「Aの人はこちら」と配るだけでも、学習者の負担感はかなり変わります。
多国籍クラスの最大の資産は、同じ母語同士でない限り、日本語を使わざるを得ないという点です。この資産を活かすかどうかは、席とグループの決め方で決まります。
基本の原則は「同じ母語の学習者を同じグループに固めない」。ただし、これを機械的にやりすぎると、来日直後で不安の大きい学習者が孤立します。次のように使い分けましょう。
さらに、グループは毎回組み替えるのを固定ルールにすることをおすすめします。「今日は誕生日順に並んでください」「席の番号が奇数の人は前に移動」など、機械的な組み替え方法をいくつか用意しておくと、「あの人と組みたくない」という感情の問題を回避できます。
質問の仕方、遅刻の扱い、発言のタイミング。これらを「常識」に任せると、多国籍クラスでは必ずトラブルになります。ある学習者にとっての「熱心さ」が、別の学習者には「無礼」に見えることがあるからです。
対策はシンプルで、期待するふるまいを最初に言語化して共有することです。
掲示物にして教室に貼り、初回だけでなく折に触れて指差し確認すると定着します。ルールを守れていない学習者がいたときも、個人を責めずに掲示を指せば済みます。
教科書や自作教材の例文には、意外なほど文化的な前提が埋め込まれています。多国籍クラスでは、次のトピックに一段の注意が必要です。
とはいえ、これらを全部避ける必要はありません。有効なのは、「答えを選べる形」にしておくことです。「あなたの家族について話してください」ではなく「大切な人について話してください」、「好きな食べ物」ではなく「この中で食べたいものはどれですか」。選択肢と逃げ道のある問いにするだけで、ほとんどの地雷は回避できます。
多国籍・多レベルのクラスでは、教師の頭の中だけで全員の状態を把握するのは不可能です。そこで必要になるのが、簡単な記録の仕組みです。
おすすめは、Can-do形式のチェックリストを1課につき1枚作り、学習者自身に記入させる方法です。
これを課の終わりに3分だけ記入させ、教師が回収して目を通します。誰がどこでつまずいているかが一目でわかり、次回の個別支援の優先順位が決まります。学習者側にも「自分は前進している」という実感が生まれ、進度の速い学習者と比べて落ち込むのを防げます。
記録は凝りすぎないのがコツです。全員分の詳細な記録は続きません。「気になった学習者だけ、日付と一言」をノートに残す程度でも、3か月後には十分な情報になります。
Q1. レベル差が大きすぎて、授業が成立しません。
まずは「全員が同じことをできるようにする」という目標を手放しましょう。同じ活動をしながら、求める成果物の量と質を変えるのが現実的です。同じインタビュー活動でも、「3人に聞く/5人に聞いて共通点を報告する」と差をつければ、全員が同じ時間を使えます。
Q2. 一部の学習者ばかりが発言します。
挙手による指名をやめ、ペアワークの比率を上げるのが最も効きます。全体の場では「まずペアで話してから、代表が発表」という手順を挟むと、発言のハードルが下がり、発言者が自然に分散します。
Q3. 母語でおしゃべりが始まってしまいます。
禁止するより、日本語を使う必然性のある課題に変える方が早いです。相手が答えを知らない質問、情報を交換しないと完成しない課題であれば、母語での雑談は起きにくくなります。それでも続く場合は、工夫5のルールとして扱います。
Q4. 特定の学習者への配慮が「えこひいき」に見えないか心配です。
配慮を個人ではなく仕組みに埋め込むことで解決します。二段構えの課題も、2種類の宿題も、「その人のための特別扱い」ではなく「全員が選べる選択肢」として提示すれば、不公平感は生まれません。
多国籍クラスの教え方を、7つの工夫として整理しました。
7つを一度に始める必要はありません。まずは工夫1の「二段構えの課題」だけを次の授業で試してみてください。早く終わった学習者が手持ち無沙汰にならないだけで、教室の空気は驚くほど変わります。